本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

瀬戸内の民俗誌/沖浦和光

瀬戸内海の海民の子孫である著者が、古代より卑賤視されてきた海民の歴史と実情を語る。家船を始め、隆慶一郎の諸作に登場するような「道々の輩」とも重なる非定住民の世界は、とても歴史的なロマンをかき立てられる。

農耕のできないような狭い土地で漁をして暮らし、それも権利があったりして自由には捕れない。それで通行船を襲うようになったのが海賊の始まりであるらしい。藤原住友を描いた「絶海にあらず」にも出てきた越智水軍→河野水軍→村上水軍の流れなど、まさに歴史伝奇の趣だ。河野水軍の祖は、越智一族の長が越の地に置いてきた忘れ形見である、などという伝説も興味深い。踊り念仏の一遍の出自も河野氏であるらしい。殺生をするからと当時の仏教から排斥されていた海民山民に救いをもたらしたのが一向宗であるなら、何か因縁を感じさせる話である。

瀬戸内の海民には「阿曇系」「宗像系」「住吉系」「隼人系」があるそうで、これらの蛇信仰と、河野氏の蛇婚姻伝説とが重なって、否が応にも歴史ロマンがかき立てられる。蛇の入れ墨を入れるという海民の習俗は、元々江南から入ってきたものではないかという。

中世には、警護・傭兵などを業務としていた水軍は、秀吉の海賊停止令によって解体に追い込まれ、凋落していったのではないかというのが著者の推論だ。

そして遊女をのせた船「おちょろ船」の悲しい記述で幕を閉じる。農耕民ではないと言う理由で虐げられてきた瀬戸内海民をつぶさに語った新書ノンフィクションである。