本・花・鳥(ほん・か・どり)

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海賊モア船長の遍歴/多島斗志之

18世紀初頭のインド洋のあたりを舞台にした海賊小説である。一風変わった時代小説とも言えるだろうか。

東インド会社の航海士だったジェームズ・モアは、会社からあらぬ疑いを掛けられ職を失い、新婚の妻が変死して投獄され(後に嫌疑不十分で釈放)、失意のうちにすさんだ人生を送っていたが、知り合いの水夫長が見かねて、自分が乗り組んでいた船に連れてくる。これこそキッド船長指揮するアドヴェンチャー・ギャレー号で、国王から海賊討伐のお墨付きをもらった船なのだった。

海賊から没収した資産は我がものにしても良いことになっていたようで、貴族から出資者を募り、航海後に分配する仕組みになっていたらしい。海賊に出会えなければ商売あがったりで、ついに自ら海賊に姿を変えたキッドだったが、堅気への未練捨てがたく、中途半端な海賊振りである。有能な船乗りとして重用され始めていたモアは、捕獲した船に乗り換えアドヴェンチャー・ギャレー号を廃棄するというキッドと袂を分かち、アドベンチャー・ギャレー号を率いる船長となるのだった。

海賊というか、盗賊一味というのは、全てが親分の厳格な支配下にあると思っていたのだがさにあらず、当時の海賊は乗組員の一人一人に表決権があり、船長も手下の総意で決まっていたものらしい。新たに募った乗組員の中に、武芸に秀で、優雅な佇まいの男がいて、この男こそ船長にふさわしいとモアは感じるのだが、海賊のリーダーとしての能力と個人的な魅力はまた別なものらしく、逡巡を抱えながら何とか新米の海賊として一味を率いていくモアである。過去を振り返ったり、己の能力に疑いを持ったり、常に優柔不断なモアだが、海賊としては優秀なのだろう。過去に囚われていたダメ男が再生する小説でもあるのだ。

クライマックスはモア自身の復讐で、奇計を使った戦いの場面が白眉。船乗りモアの面目躍如である。

この著者は、20年ほど前に謀略小説でデビューしているが、評論家筋の評価はそこそこあるものの、あまりぱっと名前が売れている訳でもない。それでも作家として書き続けているのは、それなりに成績を出していると言うことだろうか。何となく、ブレークする前の大沢在昌を思わせる。