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真剣―新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱/海道 龍一朗

ブログに掲載済みだが、新潮文庫の新刊に入ったので再掲。


新陰流を創始した上泉伊勢守信綱の生涯を描いた時代小説。自分的には2004年度のベスト3(順位なし)に入る作品なのだが、世間的には今ひとつ評価が低いのが惜しまれる。

上州の小領主の次男として生まれた源五郎は、松本備前守の下に修行に出され、厳しい修行を己の糧としてたくましく成長するが、兄の急死により家を継ぐことになる。

源五郎は、二人目の師として愛洲移香斎に教えを仰ぐ。剛直の剣を教えた松本備前守に対し、愛洲移香斎の陰流は相手の陰を写すことを旨とする柔の剣であり、この二つを合一して新陰流が生まれた。飄々として時折悪戯っ子のようになる愛洲移香斎がなかなか魅力的である(関係ないが、金庸の作品に登場する老頑童というキャラを思わせる(笑))。

乱世の小領主として動乱に巻き込まれ、何度かの危機を凌いだ上泉信綱だが、武田の侵攻の前についに降伏し、臣従を求められてもこれを拒絶、一兵法者として生きることを決意する。信玄は仕官を拒絶され一度は怒りを見せるが、理解を示しつつ己の度量も見せつける、この場面が見事。どっちもかっこいい!(笑)。

廻国修行の旅に出た信綱は、高雅な少壮大名北畠具教のもとに身を寄せ、意気投合するが、やはり仕官させたい具教に闘茶をしかけらる。茶席におけるやりとりに深奥さを感じさせて迫力がある。

物語の冒頭、具教に宝蔵院流槍術の胤栄と立ち会うように勧められ、副主人公の胤栄の生涯も並行して紹介される。胤栄は公家の血筋ながら火玉坊と異名を取る荒法師で、独自の槍を創始したこの男の来し方もまた痛快だ。

クライマックスの立合は、真剣のやりとりの凄みを湛えて迫力があるが、兵法の描き方はもはや彼岸を見るような精神的な境地になっており、完全に理解の外(笑)。

小領主、荒法師、大名、豪族と、立場は違えど、高潔な魂の男たちの精神的紐帯の強さが非常に心地よく、熱い魂のせめぎ合いが爽快な小説である。筋立ては違うが、隆慶一郎の「一夢庵風流記」を思わせた。