本・花・鳥(ほん・か・どり)

本とか植物とか野鳥とか音楽とか

高等遊民 天明愛吉/黒川鍾信  藤村を師と仰ぎ 速水御舟を友として

島崎藤村の足跡に時折現れる天明愛吉という人物について、戸籍上の甥に当たる著者が丁寧に辿った評伝で、陰から藤村を敬愛し続けた好人物の姿が浮かび上がる。

明治期の牛乳屋牛肉屋、その後は家作持ちの家に生まれ、大事にされて成長した天明愛吉は、病弱故に定職に就かず、文学に親しみ芝居の世界に出入りし、悠々自適、飄然と日々を過ごしている。島崎藤村に私淑し、島崎家への出入りが許される、物書きとしての筆力はなく、藤村に紹介された芝居の世界も病で倒れて挫折、師を失望させ、やがて疎遠になるのだった。その後、画壇の新鋭達と親しくなり、速水御舟との友情などが描かれている。

藤村の晩年、交誼が復活する。歓談する二人の姿を当時のお手伝いさんが「歌舞伎の老優が二人、火鉢を囲んで芸談をやっているようだ」と評しているが、上品で姿の良い好人物が浮かび上がってくるような気がして、読んでいる方も何かほのぼのとした気分だった。

著者と愛吉の関係は戸籍上叔父甥ですが、そこに至るまでの過程も詳細に綴られている。

愛吉の姉が嫁に行ったのが黒川家、黒川家の娘の嫁ぎ先が和田家ですが、愛吉は和田家とも親密に付き合っていて、この時代の人間関係の濃さが分かる。著者は和田家の人間だが、名を継ぐために黒川家の戸籍に入り、愛吉を叔父と呼ぶことになったということだ。各家の人間模様が描かれているのも面白い。

高等遊民という存在にはちょっと憧れを抱いてしまう。大正モダンの一時期、不労所得があったり実家が裕福だったりして生活にあくせくする必要がなく、文化や芸術に親しむ優雅なディレッタント、という感じだろうか。明治の近代化が固まり、昭和大恐慌日中戦争はまだ始まらない、動乱期にはさまれたエアポケットのようなあの時代だからこそ存在し得たとも思ええるが、まぁ、それとてごく一部の恵まれた境遇の人たちではあったのだろう。